真珠の世界史

山田篤美著 採取と養殖をめぐるドラマ

 真珠という言葉は、それが財宝だということを忘れさせてしまうような美しさがある。けれども真珠は、金銀やダイヤモンドと同じように人類の征服欲をかりたててやまない財宝であり、すべての財宝と同じく、血まみれの歴史をもっている。

 本書はこの財宝の歴史にまっこうから取り組んだ労作である。古代から現代まで、日本にはじまって、ヨーロッパ、アメリカ、そして中国と、さまざまな国の真珠採取の歴史がくりひろげられてゆく。

 なかでも印象的なのは、15世紀の大航海時代、コロンブスが「発見」した南米ベネズエラの真珠である。はじめは原住民が所持する真珠を収奪していたが、それが底をつくと、カリブ海の無人島を拠点にして真珠を採取するようになった。といってもスペイン人みずからが海に潜るのではなく、近くのバハマ諸島でとらえた先住民を強制連行して海に潜らせるのである。日の出から日没まで潜水労働に酷使された原住民は次々と息絶えていった。こうして「バハマ諸島は、新世界で最初の住民絶滅の地となったのである」。

 まことに真珠は血であがなわれた財宝なのだ。すでに紀元1世紀の博物学者プリニウスが、「それを獲得するには人命をも賭けねばならないような贅沢(ぜいたく)によってもっとも多くの満足がえられる」ため、「貴重品の中でも第一の地位、最高の位が真珠によって保持されている」と述べている。真珠は帝国主義の賜物(たまもの)なのである。

 この血ぬられた宝石の歴史に一つのピリオドを打ったのが、20世紀初頭の日本の養殖真珠であった。御木本幸吉が志摩の英虞湾で始めた養殖をもとに、見瀬辰平や西川藤吉たちの別の試みなど、真珠養殖をめぐる熾烈(しれつ)な競争のドラマも読みどころの一つである。

 養殖真珠の出現は世界の真珠市場を混乱に陥れたが、時とともに受け入れられて、日本はいっとき真珠王国の繁栄を誇る。1990年代に入ると、オーストラリアや中国にも独自の養殖真珠が現れ、さらには世界各地の南の海からカラフルな天然真珠が登場してきて、真珠はグローバル化時代に入ってゆく。

 目配りのよい財宝の世界史である。

(仏文学者 山田登世子)    日本経済新聞朝刊2013年9月29日

(中公新書・940円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
nikkei20131002


One Response to “真珠の世界史”

  1. admin Says:

    新書の小径(週刊朝日)[文]青木るえか  [掲載]2013年10月04日


     真珠が古来そんなに珍重されてきたとは知らなんだ。考えてみれば、ダイヤを掘り出して磨くにはそれなりの設備が必要だが大昔はそんなものはなかっただろうし、真珠は貝をあければ中から光る玉が出てくるわけで、たいへんな宝物だったことだろう。

     本書の口絵に、世界最古の真珠の写真が載っている。福井の貝塚から出たという、5500年前の真珠である。それだけ時を経ているので、真珠というよりは白い雛アラレみたいなことになっているが、当時はさぞや輝いて人々を魅了したことでしょう。でも貝塚ってことは捨てられてたのか。この真珠は「おそらくドブガイの真珠」と説明にある。ドブガイって……。

     メソポタミアでは真珠は「魚の眼」と呼ばれていた、というのも面白い。アジの塩焼きを食べたあと、目玉をほじくりだすと丸くて白くて硬くて真珠みたいだなあと思ったものだ。マルゲリータ、というのは真珠という意味だというのも初めて知った。イタリアのマルゲリータ王妃はピッツァ・マルゲリータを考案して、名前の通り真珠を愛したという。トマトとバジリコのピザは赤と緑の印象が強くて、真珠とつながりがあるのかどうかはすぐには判断できない。というような、どうでもいい感慨にふけることもできる。

     真珠が貝の中で生成されるメカニズムや、真珠の歴史も詳しく書いてあってタメになる。特に、日本における養殖真珠の話。養殖真珠といえばミキモトであるが、御木本幸吉は鳥羽のうどん屋出身で、鹿鳴館も西洋の舞踏会にも無縁だというのに真珠宝飾品事業に乗り出した。その真珠製品は、今そこで売ってても買いたいようなデザインでたいしたものだ。
     でも御木本幸吉が養殖に成功したのは半円真珠で、球形真珠は別人がつくり、さらに別人が実用化したのだ。その別人をもっと顕彰してあげてほしいものだと思う。あと、私に残る真珠のナゾは「アコヤガイは食べると旨いのか?」だけになった。