アーカイブ 10月 2nd, 2013

真珠の世界史

水曜日, 10月 2nd, 2013

山田篤美著 採取と養殖をめぐるドラマ

 真珠という言葉は、それが財宝だということを忘れさせてしまうような美しさがある。けれども真珠は、金銀やダイヤモンドと同じように人類の征服欲をかりたててやまない財宝であり、すべての財宝と同じく、血まみれの歴史をもっている。

 本書はこの財宝の歴史にまっこうから取り組んだ労作である。古代から現代まで、日本にはじまって、ヨーロッパ、アメリカ、そして中国と、さまざまな国の真珠採取の歴史がくりひろげられてゆく。

 なかでも印象的なのは、15世紀の大航海時代、コロンブスが「発見」した南米ベネズエラの真珠である。はじめは原住民が所持する真珠を収奪していたが、それが底をつくと、カリブ海の無人島を拠点にして真珠を採取するようになった。といってもスペイン人みずからが海に潜るのではなく、近くのバハマ諸島でとらえた先住民を強制連行して海に潜らせるのである。日の出から日没まで潜水労働に酷使された原住民は次々と息絶えていった。こうして「バハマ諸島は、新世界で最初の住民絶滅の地となったのである」。

 まことに真珠は血であがなわれた財宝なのだ。すでに紀元1世紀の博物学者プリニウスが、「それを獲得するには人命をも賭けねばならないような贅沢(ぜいたく)によってもっとも多くの満足がえられる」ため、「貴重品の中でも第一の地位、最高の位が真珠によって保持されている」と述べている。真珠は帝国主義の賜物(たまもの)なのである。

 この血ぬられた宝石の歴史に一つのピリオドを打ったのが、20世紀初頭の日本の養殖真珠であった。御木本幸吉が志摩の英虞湾で始めた養殖をもとに、見瀬辰平や西川藤吉たちの別の試みなど、真珠養殖をめぐる熾烈(しれつ)な競争のドラマも読みどころの一つである。

 養殖真珠の出現は世界の真珠市場を混乱に陥れたが、時とともに受け入れられて、日本はいっとき真珠王国の繁栄を誇る。1990年代に入ると、オーストラリアや中国にも独自の養殖真珠が現れ、さらには世界各地の南の海からカラフルな天然真珠が登場してきて、真珠はグローバル化時代に入ってゆく。

 目配りのよい財宝の世界史である。

(仏文学者 山田登世子)    日本経済新聞朝刊2013年9月29日

(中公新書・940円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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