アーカイブ 11月 27th, 2010

悟りの窓

土曜日, 11月 27th, 2010

初秋の風爽やかな季節に京都の源光庵を訪ねた。
(京都市北区鷹峯北鷹峯町47)

源光庵(げんこうあん)は、京都市北区鷹峯(たかがみね)にある曹洞宗の寺院。山号は鷹峰山。正式には鷹峰山寶樹林源光庵という。
1346年(貞和2年)に臨済宗大徳寺の徹翁義亨の隠居所として開基。当初は復古堂と呼ばれた。
その後、1694年(元禄7年)に卍山道白により曹洞宗に改宗、建立された。

本堂内の天井板は伏見桃山城から移築したもので、1600年(慶長5年)に徳川家家臣鳥居元忠一党が石田三成に破れ自刃した(380余名)ときの跡が残り、血天井となっている。(実際に血の足跡や手形が見えます)
その脇に悟りの窓と名付けられた「丸窓」と、迷いの窓と言う「角窓」がある。

源光庵 悟りの窓と迷いの窓
悟りの窓は円型に「禅と円通」の心を表現し、円は大宇宙を表現している。
迷いの窓は角型に「人間の生涯」を象徴し生老病死の四苦八苦を表している。


そんな悟りの窓を前にしても枠に嵌りきらず、はみ出してしまった岩城であるが、こんなおバカな奴にも悟りの日は来るのだろうか?
悟りの窓にて、悟ったらしい・・・お馬鹿な岩城

さて、この日は訳があって中型の観光バスを貸しきっての大人の修学旅行と相成りました。
快適なサロンバスにドライバーさん+バスガイドさん+大人の女性5名+岩城の総勢?8名での移動。
当然車内はガラガラ(笑)天気は快晴、最高の秋晴れと条件が整いました。
一番北にある源光庵を皮切りに、「金閣寺」を散策し、「龍安寺」で石庭で心を静めた後、庭園内にある西源院で昼食の湯豆腐を頂戴しました。
京都で食する湯豆腐は、これまた不思議なのですが美味しく感じるものです。
個人的に興味があったのが続いて訪れた「仁和寺」です。

仁和寺は出家後の宇多法皇が住したことから、「御室御所」(おむろごしょ)と称された。明治維新以降は、仁和寺の門跡に皇族が就かなくなったこともあり、「旧御室御所」と称するようになった。


春の桜は「御室桜」と呼ばれ京都の観光名所として有名ですが、秋の紅葉も五重塔を周辺になかなか風情があり良かったです。


この門(勅使門)の奥が仁和寺御殿で、お寺と言うようりお庭も含めて宮殿風の雅やかさが漂っています。


頂戴した仁和寺のパンフレットには、二王門と書かれていますが、市販のガイドブックの殆どが仁王門と称している。

さて、一番みたい「宝相華蒔絵宝珠箱」(ほうそうげ まきえ ほうじゅばこ) は、 平安時代前期の漆工芸品。蒔絵の初期の遺品として貴重な品で国宝に指定されているために見ることは叶いませんでした。
しかし、近世初期の皇居・常御殿を移築した宸殿(しんとの)*1は、池を配したお庭に囲まれ優美な空気が漂っていました。
内部は極彩色の襖絵で飾られ、宸殿の上段の間には、床、違い棚、帳台構を配し見る目にも鮮やかな造りです。
その書院に使われている螺鈿を詳しく見れたことが嬉しかったです。
*1、1887年(明治20年)に焼失。現在の建物は明治時代末-大正時代初期に亀岡末吉の設計により再建されたもの



拡大しますと

鰒(あわび)貝のような気がしますが、近づいて見る訳にいかず、次回の宿題とします(笑)