真珠養殖をめぐる技術の伝承と交換

2月 23rd, 2017

関西学院大学社会学部 島村ゼミ  社会学部 長岡優奈
「長崎の都市民俗」
http://d.hatena.ne.jp/shimamukwansei/touch/20170220/1487602006

目次

はじめに
第1章 長崎県の真珠養殖
1.長崎真珠、真珠養殖について/園田真珠店
2.長崎県真珠養殖漁業協同組合
3.深江真珠
4.あこや貝種苗センター
5.一般的な養殖技術

第2章 漁場ごとの技術伝承
1.漁場ごとの利害関係による管理技術の非公開
2.漁場ごとの海の環境差による養殖技術の差異
3.非公開の管理技術とは
4.管理技術の非公開が起こった背景

第3章 漁場を越えた技術の交換と共有
1.技術の交換の起こり
2.「真珠研究会」について
3.交換・共有が起こった社会的背景

むすび
http://d.hatena.ne.jp/shimamukwansei/touch/20170220/1487602006







真珠王の真実とは

9月 8th, 2016

●近畿日本ツーリストの「学んでから旅する歴史講座」で、今年も三重県講座が開催
“歴史を知ってから旅をする楽しさ”を提供する近畿日本ツーリストの「学んでから旅する歴史講座」で、今年も三重県講座が特集されます(近鉄新難波ビル5階の難波会場)。
今回は、「パワースポットめぐり旅」、「日本のものづくり」というシリーズの中で、それぞれ、伊勢神宮、ミキモト真珠島に関する講座が開催されます。
1伊勢神宮「まだまだ知らない神宮のパワースポット」
◇日時:平成28年11月19日(土) 13:00~15:00
◇会場:近鉄新難波ビル5階 (地下鉄四つ橋線 なんば駅 徒歩5分) OCAT西隣り
◇参加費:500円 ≪事前予約制≫
◇申込締切:5日前まで(ただし満員になり次第締切)
◇講師:足立 泰世さん(近畿日本ツーリスト個人旅行(株)スタッフ)
ミキモト真珠島 「真珠王の真実とは」
◇日時:平成29年 2月25日(土) 13:00~15:00
◇会場:近鉄新難波ビル5階 (地下鉄四つ橋線 なんば駅 徒歩5分) OCAT西隣り
◇参加費:500円 ≪事前予約制≫
◇申込締切:5日前まで(ただし満員になり次第締切)
◇講師:高木 毅さん(近畿日本ツーリスト個人旅行(株)スタッフ)
上記1、2ともに、お問い合わせ・お申込みは、
・上記会場(難波会場)、
・近畿日本ツーリスト 大阪コールセンター 0570-200-294(9:30~18:00)、

真珠記念日

7月 12th, 2016

「夏の月」という季語があります。暑い夏の夜空に光る白さに涼しさを感じる…という表現です。
7月11日は真珠記念日。「真珠」は、別名「月のしずく」とも呼ばれています。今日12日の夜に上弦となる月は、夏の星座で賑やかな夜空の中で、星々に照らされ、そのきらめきとともに丸みを帯びていきます。
1893年7月11日に、御木本幸吉(みきもとこうきち)・うめ夫妻が初めて真珠(半円真珠)の養殖に成功してから123年目を迎えた今宵、きらめく月に真珠を重ねて…。

天然真珠から養殖真珠へ…

天然の真珠は、万に一つの確率で生まれるため「海の宝石」と呼ばれていました。それゆえ「クレオパトラは酢に溶かした真珠を飲んで美を保っていた」etc…など、真珠はさまざまな逸話を残してきました。それは天然の真珠が希少価値を放っていた証であり、高貴なあるいは、地位のある人にしか手に入れられない貴重品であったことを物語ります。
もし、真珠が偶然の産物に頼ることなく、生産することができたら…今では当たり前の養殖産業は、「世界中の女性の首を真珠で飾って見せる」…と豪語した御木本幸吉により発展しました。

真珠に生涯を捧げた、幸吉とうめ

養殖場を始めてから3年目に、半円形ながら5粒の養殖真珠を収穫しました。この時、妻・うめは5人目の子供をみごもっていました。5粒の養殖真珠成功と5人の子供たち…どこか因縁めいたものを感じませんか?
その後、1905年に真円形の真珠の養殖に成功しました。が、うめはその成功を見ることなく5人の子供を残してこの世を去りました。そのことで幸吉の真珠への想いはさらに強くなったのかもしれません。これまでにも増して、真珠の普及に飛び回り「真珠王」と呼ばれるまでになりました。

明治・大正・昭和、そして今

今年のG7伊勢志摩サミットで、参加国首脳の胸元に真珠のブローチがきらめいていたのは記憶に新しいところですね。養殖の成功により、真珠は「ジャパンブランド」になりました。海外の反応も大きく、幸吉の公言通り、日本の真珠は世界中へ輸出され「世界中の女性の首を飾った」のです!
とはいえ、天然真珠より多く安く売ることができる養殖真珠は「ニセモノ」である、と海外でバッシングを受けたり、戦時中は生産や輸出が禁じられたりしました。そんなときも幸吉はくじけることなく、バッシングの誤解を丁寧に解き、装身具を生産できない時は真珠をカルシウム剤にするなど、工夫を凝らして時代を生き抜いてきたのです。

うどんに真珠…神の地ならでは?浄化の白

真珠記念日となった最初の養殖成功は、現在のミキモト真珠島、かつて相島(おじま)を呼ばれた浜でした。この島の中心には「球の宮」という神社があり、豊受姫大神(とようけひめのみこと)が祭られています。縁結び・長寿・繁栄のご利益をうけられるとか…。
現在、御木本幸吉記念館、パールプラザ、真珠博物館が「珠の宮」を囲むように建設されています。パールプラザでは、幸吉の生家の商いであったうどん屋「阿波幸」が再現されています。神の地・伊勢ならではの伊勢うどんです。
白は浄化の色…うどんと真珠がこの地の名産になったことにも何か意味がありそうですね。

参考
書籍 『真珠王ものがたり 世界の女性の首を真珠で締めた男。御木本幸吉』 伊勢志摩編集室
サイト 『ミキモト真珠島』
tenki.jpサプリ記事一覧より引用

第39回 全国真珠品評会

7月 7th, 2016

今年の全国真珠品評会、農林水産大臣賞は大分県の冨高真珠さん。
写真で見ても、素晴らしい8ミリ珠です。

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農林水産省 ホームページ
http://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1607/m_award.html




英虞湾の真珠業、低迷打開 効率アップへ情報共有

7月 23rd, 2014

7月21日の中日新聞の記事だが、言わんとすることは解るのだが、どのような方法で情報交換されているのだろうか?
情報の取り方、保存の仕方、活用方法、事例に対する補助金の使い方・・・・・ちょっともどかしい。


 志摩市の英虞(あご)湾で、真珠生産者が減少している。かつて「宝石の島」と言われた湾内の間崎島の真珠養殖漁協は、組合員数が減って八月には市内の立神漁協に吸収合併される。真珠価格の低迷などが背景にあるが、生産者にとって厳しい状況を打開しようと、新たな取り組みも始まっている。
 昭和五十年代、真珠いかだがびっしりと並び、定期船の航行も容易ではなかったとされる英虞湾。設備の小型化もあるが、今では数えられるほどになった。
 英虞湾で三十七年間、養殖業を営んできた間崎真珠養殖漁協の岩城茂信代表理事(61)は「昔、一緒に養殖を始めた人たちも皆やめてしまった」と話す。現在の組合員の大半は七十代。年間九十日以上養殖業に携わる正組合員は十九人で、最盛期からほぼ半数した。
 志摩市によると、市全体の真珠養殖の経営体は一九七九(昭和五十四)年の千九十八から、二〇〇六年には五百六に半減。一二年の農水省の統計などによると、生産量は昭和四十年代の五十トン超から四トン弱に、生産額はバブル経済も手伝って平成の初めに二百七十億円に達したが、二十億円に落ち込んでいる。
 「組合員を増やすには価格がもう少し上がり、若い人が養殖をやってみようと思うようにならないと…」。岩城代表理事はこぼす。
 価格は景気動向の影響をもろにうける。さらに中国やタヒチなど海外産との競合もある。粒が大きく市場の需要も高い直径九ミリの玉は、景気回復で価格が持ち直したとされる昨年度でも一匁(もんめ)(三・七五グラム)五千五百円前後。最盛期の十分の一のままだ。
 こうした状況を受けて生産者の間で急がれているのが、商品にならない玉の比率を下げる取り組みだ。核入れして海に沈めた貝のうち、低水温や赤潮などで死んでしまう貝がここ三年は三割。さらに浜揚げした貝のうち、三割は傷や染みで出荷できない。
 間崎漁協を吸収する立神真珠養殖漁協では、三年前から組合員十人余りが月二回集まって情報交換会を開き、さまざまな試みを報告し合っている。「例年より早く水温が低い場所に貝を移動させたら、昨年よりも順調だ」などと、その時々の状況を知らせ合う。
 今のところ目に見えて成果が上がっているわけではない。新たな方法を安定させるのに数年かかる上、ここ三年は赤潮による被害もあるからだ。しかし、それまで生産者の経験が重視されて情報交換がなかっただけに、多くの試みの経過が記録、共有されるのは新たな一歩と受け止められている。
 立神漁協の森下文内代表理事(67)は「データを積み上げ、成功、失敗それぞれの要因を洗い出していけば、生産者にとって大きな財産になる」と自信を見せる。その上で「景気に左右されず、需要が高い品質の玉を生産して三重県産のブランドの安定につなげたい」と話している。
 (丸山崇志)




橋本コレクション 於:国立西洋美術館

7月 7th, 2014

橋本コレクション 指輪 神々の時代から現代まで ― 時を超える輝き

会期:2014年7月8日(火)~9月15日(月・祝)
開館時間:午前9時30分~午後5時30分
毎週金曜日:午前9時30分~午後8時
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし、7月21日、8月11日、9月15日は開館)、7月22日(火)
主催:国立西洋美術館、東京新聞
後援:一般社団法人日本ジュエリー協会  公益社団法人日本ジュエリーデザイナー協会
協力:神戸ファッション美術館、公益財団法人西洋美術振興財団
観覧料金:当日:一般1,400円、大学生1,200円、高校生700円

本展では、2012年に同館に寄贈された橋本コレクションから選定された指輪を中心とする約300点の作品と、同館所蔵の絵画20~30点、さらに神戸ファッション美術館所蔵のコスチュームを併せて展示。人類と指輪の歴史を辿る第一部、装飾品という観点で指輪を捉え、その時代のファッションとの関係を探る第二部、指輪と絵画の関係性を追う第三部で構成される。

■第一部:人類と指輪の歴史

第一部では、古代エジプトから現代まで、その時代時代によって用途を変えた指輪の変遷を辿る。身の安全を祈願する護符として用いられていたもの、宗教において信仰の証として使われたもの、婚礼や死など人生の節目となる出来事を記憶するために作られたもの、大切な人物の細密画をはめ込み、愛情や友情の証として使われたもの、さらには「カルティエ(Cartier)」や「ブルガリ(BVLGARI)」などジュエリーブランドが制作した指輪などを幅広く展示。また、指輪の歴史を語る上で欠かすことのできないダイヤモンドの加工技術の発展を、指輪を通して紹介するスペースも設けられる。

■第二部:モードと指輪-ファッションを中心に

第二部では、神戸ファッション美術館が所蔵する18世紀のロココ時代から20世紀初頭にかけての衣服や靴を指輪と併せて展示、指輪をモードの枠組みの中から捉え直す。18世紀のマリー・アントワネットに代表されるロココ時代の宮廷ファッションから、19世紀末から20世紀初頭の植物文様を多用したアールヌーヴォー時代、直線に基づいた幾何学モチーフが特徴のアール・デコ時代、そして20世紀前半のココ・シャネル(Coco Chanel)に代表されるファッションまで、それぞれの時代の流行を追った指輪を展示し、当時のファッションとの関係を紐解く。

■第三部:絵画に見る指輪、指輪に見る絵画

国立西洋美術館の主要コレクションである絵画と、橋本コレクションの中核をなす指輪を併せて展示する第三部では、スペイン人の男性貴族を描いたヴァン・ダイクの絵画や、当時のパリのモードを反映した女性を描いたルノワールの絵画など、指輪を身につける人々を描いた絵画が並ぶ。また指輪に描かれた絵と、絵画作品や版画作品を比較展示することで、新たな切り口から西洋文化の魅力を探る。

この他、期間中には講演会やスライドトークも開催予定。指輪を通し、ファッションや美術、ひいては人類の歴史までを辿る、ほかでは見ることのできない貴重な展覧会になっている。

橋本貫志は1924年東京生まれ。古美術鑑賞家。元実業家。
東京美術学校(現東京藝術大学)油絵科卒業。日本、東洋、ヨーロッパの古美術品を収集し、これまでにもコレクションを東京国立博物館、東京藝術大学などに寄贈し、コレクターとして知られている。
今回展示される指輪のコレクションは、橋本さんが1980年代末から2002年にかけてオークションにご自身で参加して集められたもの。
寄贈を受けた点数は全部で805点、そのうちリング(RINGS)は720点ほど。指輪以外のものはオークションでセットとして指輪と一緒に落札されたネックレスや腕輪、スカラベ(コガネムシの形をした装飾品で古代エジプトの護符の類)、コインなど。
今回はそのうちの約300点を展示する。

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ジョルジュ・フーケ作《真珠とエナメルの花》
1900年頃 真珠、エナメル、ダイヤモンド、金
photo :上野則宏

講演会「パールジュエリー600年」横浜

6月 25th, 2014

横浜市港北図書館で6月29日、港北区内在住で歴史研究者の山田篤美さんによる講演会「パールジュエリー600年」が開催される。

日本最古の輸出品とも言われている真珠の歴史をひもといた「真珠の世界史」(中公新書)の著者としても知られる山田さん。
今回は、古来王侯貴族が愛用していた高級宝石「真珠」が、世界中の女性たちに広まった経緯と、そのファッションの変遷について語る。
会場では同館で所蔵する関連本の展示も行う予定。

同館の木村直之さんは「日本の養殖真珠が世界に与えた影響や、シャネルやディオールの真珠の用い方についての話もあり、真珠の見方が少し変わると思う。
この機会にぜひお越しいただけたら」と話す。

開催時間は14時~16時。参加無料。要予約。

日 時
2014 年 6 月 2 9 日 (日) 1 4 : 0 0 ~ 1 6 : 0 0
会 場
港北図書館 2階会議室A

申 込
港北図書館カウンターまたは電話で受付 TEL: 045-421-1211
定 員 5 0 人(先着順)
講 師
山田篤美 氏 ( 著 書 :『 真 珠 の 世 界 史 』(中公新書)他)

共催:港北図書館・港北図書館友の会

間崎真珠養殖漁協と立神真珠養殖漁協が合併

6月 17th, 2014

 志摩市の立神、間崎の両真珠養殖漁協の合併調印式が十六日、同市阿児町神明のホテル「賢島宝生苑」で開かれた。間崎の組合員減少を受けて、一緒に入札会を開いてきた立神が吸収合併する形で、八月一日に新たな立神真珠養殖漁協としてスタートする。
 間崎は英虞(あご)湾に浮かぶ島で、昭和三十年代には「宝石の島」と呼ばれるほど真珠養殖が盛んだった。しかし同五十年代から平成の始めを最盛期に衰退し、年間九十日以上養殖業に携わる正組合員はピーク時の四分の一の十九人。かつて五億円以上だった浜上げ高は現在は一億円ほどに減った。
 漁協は組合員が生産した真珠を集めて入札会を開いている。組合員数の減少で真珠の生産量も減り、同じ大きさの玉がそろいにくいため価格の維持が不安視されていた。今年四月に両漁協の臨時総会でそれぞれ合併が可決された。
 調印式では立神の森下文内(67)、間崎の岩城茂信(61)の両代表理事が調印。森下代表理事は「技術に関する情報交換や消費者への情報発信を充実させ、これまで培ってきたものを守りたい」と話した。岩城代表理事は「立神の強い販売力を学び、若い生産者が入ってくるような養殖業を取り戻したい」と期待した。
 合併後の正組合員数は九十七人で、昨年度実績に基づく浜上げ高は四億七千八百四十三万円となる。間崎は支所と位置付け、簡易郵便局業務は継続する。これにより県内の真珠養殖漁協は六組合となる。
 (中日新聞:丸山崇志記者)


岩城茂信


伊勢志摩の宝石 真珠~海が生み出した神秘の輝き #217 2014.6.1

6月 3rd, 2014

テレビ朝日 奇跡の地球物語  毎週日曜日 18:30より放映
6月1日は伊勢志摩の真珠(ミキモト)を特集してくださいました。
画像は残念ながら残っていませんが、素晴らしい出来だったので文章で味わってください。

伊勢志摩の宝石 真珠~海が生み出した神秘の輝き~
伊勢志摩国立公園。
温暖な気候と、リアス海岸の作り出す入り江が世界に誇る、宝石を生んだ。

美しい光沢で、世界でも評価が高い真珠。
三重県・英虞湾は、世界で初めて養殖に成功した真珠ゆかりの海。
ほのかなピンク色と上品な輝き・・・
それは、どのように生まれるのか?

伊勢志摩の真珠養殖。
美しい輝きを生み出す10ヵ月を追った。

-三重県・英虞湾-
海が生み出す宝石「真珠」の養殖場に異変が起きていた。
真珠の養殖を研究している、永井清仁さんが(養殖場)現場へ向かう。
港から100m沖合。ブイの下に、アコヤガイが吊り下げられている。海の色に目を凝らす・・・
永井「かなり来てるな・・・これ。赤潮が発生していますね。」
赤潮とは、プランクトンが異常に増える現象で、最悪の場合、アコヤガイは全滅してしまう。
永井さんの表情が険しくなった。アコヤガイは、そして真珠は大丈夫なのだろうか?
真珠養殖の研究者・永井さんが感じた海の異変はほんの僅かなもの。
永井「本当ですと、いつも綺麗なグリーンの色をしているんですけど、ちょっと暗い感じがしますね。」
言われてみれば、海が僅かに濁っているようにも見える。一体何が起きているのだろう?
永井「良いプランクトンと悪いプランクトンがいて、良いプランクトンは貝の栄養になりますけど、悪いプランクトンは貝の負担になってくるんですね。」
海水を採取し、分析するために研究所に戻る。永井さんには苦い思い出がある。

20年前・・・英虞湾の真珠に最大の危機が訪れた。
永井「貝を攻撃するプランクトンが出てきたんですね。最終的に(アコヤガイの)心臓が止まってしまう」
原因はヘテロカプサというプランクトン。これまでに全国で100億円に及ぶ被害が出た。
永井「貝がバタバタ死んでいく時っていうのは、本当に苦しい思いです。もう本当に・・・英虞湾では養殖できないかと思った。」
赤潮には、海を赤褐色に汚すイメージがある。海の色が少し茶色っぽくなる程度の赤潮でも、発生しているプランクトンによって、甚大な被害をもたらすことがあるのだ。
今回の赤潮にヘテロカプサのような有害なプランクトンが含まれていないかどうか・・・慎重に分析を進める。
検査の結果はいかに?
幸い、今回の赤潮はアコヤガイに影響のないものだった。
永井「私たちができることは、異常な環境から貝を守ってあげること。それには私たちは海の環境をよく知らなきゃいけないんです。」
美しい真珠を生み出すには、微妙な海の変化を24時間監視しなければならないのだ。
永井「朝起きて寝るまでずっと。寝てても(夢に)出てきますから。貝が死んでえらいことになって悪夢になっちゃう。」
20年前、英虞湾を襲った赤潮の被害。しかしそれは、損害と同時にアコヤガイを守る貴重な発明をもたらした。
ヒントになったのは、猛毒の赤潮ヘテロカプサに対するアコヤ貝の反応だ。
アコヤガイを入れたビーカーに、ヘテロカプサを入れる。数分後、アコヤガイが開閉運動を始めた。
永井「実は、貝っていうと通常は開いている。ところが外敵が来ると閉じて守っていくわけですね。この開閉運動を捉えることによって、外敵が来ているかどうか?・・・というのを察知するわけです。」
アコヤ貝の開閉運動をどうやってモニターするか?
永井さんたちは、貝の片方に磁石、もう一方にセンサーを取り付けた。
養殖場のすぐ脇に、ソーラーパネルを設置した筏がある。パネルから延びたケーブルをたどると、アコヤ貝につながっている。有害な赤潮の発生を知らせる、特別な貝だ。
永井「これがセンサーですね、その反対側に磁石が付いていますね」
貝が危機を察知して、開閉運動を始めると・・・監視室にメールの着信音が鳴り画面には危機が起こった場所と、『タスケテー』の文字が出る。
永井「やっぱり貝が苦しんでいるそのメッセージを感じたいということで『タスケテー』と(表示されるように)しています。」
名付けて『貝リンガル』。海の異常をいち早く知らせ、アコヤ貝の被害を未然に防ぐ優れものだ。

日本の夕景100選にも選ばれている英虞湾の夕日。
9月初旬、研究所が突然慌しくなった。貝リンガルが、赤潮の発生を知らせてきたのだ。
送られたデータをチェックする。
研究員「すぐに対応する必要があるね。」
グラフは、有害な赤潮の発生を示していた。一刻も早い対応が必要な、緊急事態だ。
現場へと向かう、永井さんの表情も険しい。
もし、20年前と同様の赤潮なら、最悪の場合、アコヤガイが全滅することもあり得るからだ。
問題のポイントに到着した。
永井「どんどん吊り上げてって。」
急いで網を上げる。
永井「深さは?」
作業員「浅く!」
貝を吊っているロープをたぐり、縛る。浅いところに貝を引き上げているのだ。
永井「水深の深い層に今赤潮が発生していまして、浅い層にはまだ赤潮がきていない。赤潮プランクトンがいない層に貝を移動させます。」
赤潮は、様々な深さで発生する。そこで、水深8~1mまで、様々な深さに貝リンガルのセンサーが設置されている。今回反応したのは水深5m。そこで、安全な水深1mまで引き上げたのだ。
素早い対応は、貝の命を守るだけではない。真珠の美しさを左右する、重要な作業だ。
永井「例えば赤潮とか異常な環境があると、そこに(真珠に)乱れた層ができるんですね。それは真珠に残っていくんですね。アコヤガイの生命の履歴が残っているんです。」

真珠の養殖は、貝の殻でできた核を入れる作業から始まる。
アコヤガイは体内に異物が入ったことを感じると、体を守ろうとして貝殻と同じ物質で核を包む。

そして、海の中でじっくり2年間かけ出来上がったのが真珠層だ。
毎日わずか0.3μ、つまり3/10,000mmという、非常に薄い真珠層が積み重なって真珠となる。
赤潮などのストレスがかかると、この層に乱れが生じ、輝きを失って売り物にはならない。
真珠層が少しずつ均等に重なって生み出す、柔らかな輝きが真珠の価値を決める。ダイヤモンドなど、加工して輝きを生み出す宝石とは、根本的に違うのだ。だからこそ真珠作りは毎日が戦いとなる。
永井「海外旅行の予約をすると赤潮が出るんです。2日前の直前に出てキャンセル。ほとんど全額取られた。」
結婚してから20年、ずっと単身赴任でアコヤガイを見守ってきた永井さん。海の状況はいつ変化するか分からないからだ。

秋の紅葉が伊勢志摩を覆う11月中旬。
木々も色づくこの季節、真珠の収穫「浜揚げ」が近づく。秋に行われる大事な作業が、海水の温度のチェック。
この時期の水温の変化が、真珠の輝きを大きく左右する。つまり、一粒一粒の値段を決めるからだ。
永井「水温とアコヤガイっていうのは密接に関わっていて、水温によって低下して行くと輝きを増すんですね。」
水温が高い夏、アコヤガイは活発に活動し、厚い真珠層を作る。ただし、厚い真珠層はあまり美しいとは言えない。
秋から冬へ向かい、水温が18~14℃の範囲まで下がると、アコヤガイは活動を弱め、薄く透明感のある美しい真珠層を作る。これを『化粧巻き』という。
永井「ゆっくりと安定して(水温が)下がって行くのがいいんですね。ここで急激に水温が上がると乱れた層ができてよくない。」
徐々に海水の温度が下がってゆくことで、高い品質の真珠が生まれる。
逆に水温が13℃を下回るとアコヤガイは冬眠し、真珠の輝きは濁ってしまう。
そのため13℃になる前に収穫をしなければならない。だからこの時期の温度管理が品質の鍵を握っているのだ。
渡部教授「海の水温が徐々に下がる気候が大事なんですね。それがまさに日本の四季なんです。日本の四季があったからこそ、真珠の養殖が盛んになって世界でも冠たる品質のもっとも高い真珠ができたということだと思います。」
世界に誇る、真珠の輝き・・・それは、おだやかな四季の移ろいのある日本だからこそ生み出せる美しさだった。

-12月・浜揚げの日-
地元の海女さんたちも、作業を手伝う。
この冬浜揚げするアコヤガイは20万個。今年の出来はどうなのか?
永井「やっぱり期待と不安で・・・やっぱり開けてみるまでが・・・上げないとわかりませんけどね。」
アコヤガイに核を入れてから2年。丹精込めて育てあげた真珠を、海から引き上げる。
今年の真珠の予想を聞いてみた。
(スタッフ:今年の貝の出来はどうですか?)
作業員「開けて見ないとね・・・。まだ始まったばっかりだし。」
貝がどんなによく育っていても、真珠の出来は開けてみないと分からない。
今年の真珠はどうなのか?永井さんが一番緊張する瞬間だ。
ようやく迎えた真珠の浜揚げ。商品になるのはわずか5%と言われる養殖真珠の世界。
果たして今シーズンの出来はどうなのだろうか?最初の一粒を確認してみる。
永井「輝きもすごくいい。色もピンクがかって、キレイな珠ですよ。完璧に近い!」
貝から取り出したばかりの真珠は、美しいピンク色に緑がかった複雑な光沢をたたえていた。最高の出来映えだ。
永井「私も最初は、真珠というものを『モノ』としてみていました。だけど実際には、その背景には自然環境と生き物との調和ということを本当に勉強させられました。まだまだわからないことがたくさんありますけど、少しわかってきたということがとても嬉しい。この仕事をやってよかったなと思います。」

日本が世界に誇る、伊勢志摩の真珠。
アコヤガイの神秘の力と、人々のたゆまぬ研究の成果が奇跡の輝きを生む。

<出演者>
真珠研究所/所長・農学博士 永井清仁氏
北里大学海洋生命科学部/教授 渡部終五氏

真珠の広告120年

5月 19th, 2014

鳥羽市のミキモト真珠島で、企画展「真珠の広告120年~広告・パンフレット・カタログに見る時代相」が開かれている。来年4月5日まで。宝飾品販売大手「ミキモト」の創業者・御木本幸吉が真珠養殖に成功してから約120年の歴史を、広告資料約80点と関連する宝飾品12点の展示を通して紹介している。

企画展では、1900年頃に国内の英字紙「ジャパンタイムス」に掲載した広告からウェブ広告まで時代の流行を取り入れた広告に加え、カタログ商品を復刻したペンダントや、71年当時に「100万円の品が1万円で借りられる」と反響を呼んだティアラ(冠)などを展示している。

また、パリで活躍した画家・藤田嗣治の夫人が所蔵していた「3連の首飾り」も特別展示している。

御木本は創業当初から活字の宣伝力に着目し、新聞広告などを通して真珠の魅力を消費者に訴えてきたという。同島では「幸吉は、お客様と最初に接する広告に力を入れた。当時の広告から時代の移り変わりを見てほしい」としている。

真珠の広告

期 間 : 2014年4月26日~2015年4月5日

場 所 : 御木本真珠島 真珠博物館1階 企画展示室

1893年に誕生した養殖真珠。その魅力を伝えるため、御木本幸吉はさまざまなメディアを活用しました。なかでも新聞などに掲載された広告や販売促進用の印刷物は、真珠および宝飾品の美しさを具体的に伝えており、デザイン上も高く評価されています。
そして戦後、人々の暮らしが豊かになり、真珠の装身具に関心が集ると、真珠の美しさの訴求だけでなく、装身具のある生活を提案する手法を用いて、様々な試みが行われました。
この企画展では明治から平成にいたる数々の広告物を通じて、ミキモトが培ってきた美意識を再確認し、宝飾文化普及に果たした役割を考えます。

入場料は大人1500円、小中学生750円。問い合わせは、ミキモト真珠島(0599・25・2028)。