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詩人クローデルは、
真珠は死んでいく母貝の中で まろやかで純粋な不滅の形になる
それは私たちの心の奥の完成を求める願いが生んだ傷あとである
とうたっています。
真珠は母貝が死をもって造り出した母貝の結晶。
それゆえ、真珠は母貝の色、とくに母貝の真珠層の色を体内に秘めています。
試みに真珠母貝と呼ばれる貝を開いてみると、
例外なくその貝の内側に真珠層と呼ばれる真珠色の輝きが見られます。
これが真珠を造りだす素であり、真珠の美しさを決定するのです。
つまりこの母貝の層が微妙な七色に輝くあこや貝からは、
七色に輝くあこや真珠が生まれ、
真珠層が黒色に輝くクロチョウ(黒蝶)貝からは漆黒の黒蝶真珠、
白銀色の真珠層を持つシロチョウ(白蝶)貝からは、南洋真珠(サウス・シー・パール)が生まれます。
古来、人々は、真珠の美しさに心ひかれ、
他の宝石類とともに、権威、富の象徴として所有することを願ってきました。
近代科学が真珠生成の神秘のベールをはいでからは、
多くの人が、人工で真珠を育てるべく努力を重ね、
今では比較的容易に身につけられるようになりました。
とはいえ、決してその品位が下がったというものではありません。
幾重にも積層された真珠層のやわらかな輝きは、東洋の神秘と語るにふさわしい風格をそなえています。
真珠にそっと近づきながら、真珠の海の物語に耳をかたむけていただければ幸いです。
私たち岩城真珠が扱う真珠の大半はあこや真珠。
そのあこや貝の呼称は、古くは日本書紀通証(にほんしょきつうしょう)や
任訓栞(わくんしおり)などに記述される、
我が子(あこ)に対する(大切な)呼びかけや、
英虞湾を代表とする志摩や愛知県知多郡などの土地の呼び名説が有力である。
伊勢志摩の海は、呼び名と共に、伊勢神宮に関わる歴史とも不思議な縁を感じます。
学名:Pinctada fucata
以前はPinctada martensiiがアコヤガイの学名であったが、
調査によりベニコチョウガイ(Pinctada fucata)と同種であることが分かり、
国立真珠研究所では、昭和44年、Pinctada fucataに学名を統一した。
水産庁養殖研究所(国立真珠研究所)
http://nria.fra.affrc.go.jp/
三重県水産研究所
http://www.mpstpc.pref.mie.jp/SUI/index.shtm
http://www.mpstpc.pref.mie.jp/SUI/press/180302akoyagaitouketu.htm