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天然真珠の歴史

(ザ・ブック・オブ・ザ・パールより)

太古から人類にとって貴重な宝石であった「真珠」。
わが国で真珠養殖が発明される、つい100年ほど前まで、
我々人類には「天然真珠」との長い長い歴史がありました。
著名な鉱物学者であるジョージ・F・クンツ(宝石クンツァイトは彼の名を冠している)と、
彼の友人チャールズ・H・スティーブンソンによって
1908年に書かれた『ザ・ブック・オブ・ザ・パール』は、
それまでの真珠にまつわる知識・歴史の集大成として「名著」との評価が高いものです。

その第一章には、
「最も貴重な品物。そして全世界を通じて至高の価値を持つ商品は、これら真珠である。」
(プリニウス“博物誌”1世紀、ローマ)
との言葉が掲げられています。
「The richest merchandise of all, and the most soveraigne commoditie throughout the whole world, are these pearles.」
Pliny, Historia naturalis.
Lib. IX, c. 35.

そして、次が彼らの書き出しの言葉。

「自然により完成され、その美を高めるために何ら技術を要せず、
真珠は当然ながら有史以前の人類に知られた最初の宝石であった。」
「Perfectedp by nature and requiring no art to enhance their beauty, pearls were naturally the earliest gems known to prehistoric man.」

天然真珠の歴史を知るため、
この『ザ・ブック・オブ・ザ・パール』をひもといてみましょう。(以下―抜粋・一部略)

―インドの海岸、もしくはアジアの川近くに住んだ、魚を食する人々、
そして豊かな真珠産地を有していたペルシャの人々は、
真珠に美と価値を早くから見出し、
大量に集めた最初の人々であったのは当然の事である。
古代インドの聖典「ヴェーダ」には、
BC1000年以前の真珠の装飾品に関する記述があり、
また同じく古代インドの叙事詩『ラーマヤナ』には、
「軍の遠征には真珠の孔開け師がついていく」とある。
世界最古の書物のひとつ『書経』(2350〜625BC中国)には、
紀元前23世紀に、王が真珠を貢ぎ物として受け取った。と書かれている。―
In the ancient civilization of China, pearls were likewise esteemed ; ;this is evidenced by the frequent mention of them in traditional his-tory, their "employment in the veneration of idols, and as tribute by foreign princes to the emperor. One of the very earliest of books, the Shu King (dating from about 2350-625 b.c.), notes that, in the twenty-third century b.c., Yu received as tribute oyster pearls from the river Hwai, and from the province of King Kau he received "strings of pearls that were not quite round."1 That ancient Chinese dic-tionary, the Nh'ya, originating thirty centuries ago, speaks of them as precious jewels found in the province of Shen-si on the western frontier.

このほか、コーランの中の真珠への言及や、
ホメロスの叙事詩における真珠に関する記述等など、
その内容の豊富さ、広範さには驚かされます。

―テオフラストス(372〜287BC)は、Margaritesの名を使って真珠を述べているが、
この言葉はおそらくサンスクリット語のmaracataもしくはペルシャ語のmirwareedといった
オリエントの言葉に由来したものであろう。
真珠に対する賞賛の念は、ギリシャから急速にローマに広がり、
ローマでは真珠はギリシャ語のMargaritaeとして知られていた。
しかしローマに於ける、より一般的な真珠の呼び名はunioであって、
これをプリニウスはuniqie(ユニーク・独特)で、
他のいずれとも似ていないと言って説明している―
Theophrastus (372-287 b.c.), the disciple and successor of Aris-totle, who referred to them under the name μαργαρ?τη? (margarites), probably derived from some oriental word like the Sanskrit maracata or the Persian mirwareed. He stated that pearls were produced by shell-fish resembling the pinna, only smaller, and were used in making necklaces of great value. In Pliny's "Historia naturalis," that great storehouse of classical learning, reference is made to many other writersーmostly Greeksーwho treated of gems; but virtually all of these writings have disappeared, except fragments from Theophras-tus, Chares of Mytilene, and Isidorus of Charace.

日本において、貝殻に接していない
「真円真珠養殖」の特許が出願されたのが1907年のことです。
その後100年足らずで真珠の市場は養殖真珠に席巻され、
天然真珠は過去のものとなって博物館に収まってしまう事になるのですが、
1908年に書かれたこの『ザ・ブック・オブ・ザ・パール』は、
そんな天然真珠への鎮魂歌ともいえるのではないでしょうか。

尚、古代の真珠で私たちが容易に拝見できるもので、
奈良・東大寺三月堂(法華堂)の不空羂索(ふくうけんさく)観音像の、
白毫(びゃくごう)と宝冠に使用されているものがあります。

イメージ「THE BOOK OF PEARL」より イメージ「THE BOOK OF PEARL」より イメージ「THE BOOK OF PEARL」より

※ 「THE BOOK OF THE PEARL」(1908年)より画像と英文を引用しています。
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