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真珠の歴史 古事記

日本最古のラブレター? 神話の時代から愛される真珠の美しさ

『あかたまは、おさへひかれど、しろたまの、きみかよそひし、たふくとありけり』
古事記 上の巻末
太安万侶 和銅五年(712年)

上記文は、日本最古の歴史書「古事記」に記された一節で、「豊玉姫」が産殿から海神のところへ帰っていくときに、夫である「天つ神」への歌を妹の「玉依姫」に預けた場面で詠まれた歌です。

わかり易く訳しますと

『赤玉は 緒さえ光れど 白玉の 君が装し 貴くありけり』

(訳)赤玉は付けている紐の緒まできれいに光っておりますが、貴方はまるで白玉(真珠)のようにもっと高貴に輝いておられます。

という意味。
つまり、妻から夫に宛てた日本最古のラブレターともいえる内容です。
こちらが恥ずかしくなるほどのラブラブぶりですよね。

文献の上で一番最初に出てくるのが、この「豊玉毘売命」が妹「玉依毘売命」につけて「日子種穂出見命」に奉られた御歌です。
これより以前のことは文献が残されていないために定かではありませんが、古事記以前の時代の人たちもすでに真珠を愛好していたのではないかと思われます。

そのことは、あこや貝とその近似種がこの時代の貝塚から多数発見されていることからも容易に推測できます。

南福寺貝塚 前期縄文土器 熊本県葦北郡水俣町
上知識貝塚 前中後期縄文土器 鹿児島県出水郡出水町
西市来貝塚 後期縄文土器 鹿児島県日置郡市来町
日来山洞窟貝塚 中期縄文土器 鹿児島県蛤良郡加治木町
面縄第一貝塚 弥生式系土器 鹿児島県大島郡伊仙村
伊波貝塚 流球式 沖縄県中頭郡美里村
荻堂(うんしょう)貝塚 流球式 沖縄県中頭郡中城村
城嶽貝塚 流球式 沖縄県那覇市大字城嶽

また、高知県宿毛市の宿毛貝塚(後期紀文)からは、9ミリ×7ミリ 重さ 0.55gの真珠が見つかっています。 残念ながら、この貝塚からはあこや貝は発掘されておりません。
でも、その付近にある平城貝塚(後期縄文)からはあこや貝が発掘されております。

いずれにしても、日本には古来から上質の真珠貝が生息していたことは確かですし、あこや貝が食用以外にも古代人に益をもたらしていたことが伺えます。
美しいものを常にそばに置いておきたいと願う心理は 古代から変わらないのかもしれません。

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