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地を這うペン----2000年7月25日

     

黒田ジャーナルの黒田清氏が逝った!

黒田のおっちゃんで親しまれ、メディアを批判できる数少ないジャーナリストだった黒田清が逝った。取材第一主義をモットーに兎に角よく調べたなぁ〜と感嘆する記事を書いてくるおっちゃんだった。
いつもやさしく微笑んで、きついことを言う人だったから、下についた記者は大変だったろうなぁ(笑)

87年に読売新聞を退社した後は、大谷昭宏氏と共に「窓友新聞」を発行し近年インターネットでの活動を開始した
「窓友新聞」http://r20.root.or.jp/junpei45kana/mado.htm

モグラのおっちゃん!仕事を減らすと言いながら、全国中を請われれば出かけ、とうとう逝っちゃった。
4月26日の「もぐらのたわごと」が最後になってしまったが、 今読み返してもうれしくなる文章だ。だって木戸を今ごろ取材しなおすんだものなぁ
文中最後に「それにしてもタイガースがジャイアンツに勝つのは大変だ。みささげしようかしら。」 ジョークだよな

なぁおっちゃん、おっちゃんが心配していた三重県芦浜の原発も中止になったやんか、その立役者と言うたら大げさかも知れんけど、北川知事さんに23日会ってきたで。思ってた以上に素晴らしい人で一緒に行った嫁さんがむちゃくちゃファンになってしまった。
おっちゃんが逝った日に、会いたい人に会えた縁を大切にこれからも小さな事からこつこつやって行きますわ。

黒田のおっちゃんを知ったのは阪神大震災だ。容体が急変し、病院に運び込まれたときも家人に「長田の“復興酒”が飲みたいなあ」と漏らしたという。最後まで被災地のことを忘れず気にかけていた人だ。

膵臓ガンの手術から2年近く・・・もぐらのおっちゃんから多くの事を教えてもらいました。
  おおきに!お疲れ様でした。

 

故 黒田清
やっぱり ええ笑顔やなぁ〜
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