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「実録小説!?“ひろこ”」----2000年 4月 26日




「そんなとこ歩いたら、あぶないで〜」少しも緊張感のない私の声が、夜の闇にだらだらと溶け出す。「ええねん、わたしなんか、どうなっても…」杏子のろれつの回っていない声が、ガードレールの上から降ってきた。頼むから、手に持ったワンカップの酒だけは降らさンといてね… ピンク色に染まった頭で、ぼんやりと考えながら、わたしは自分のワンカップをあおった。

しんと静まり返った夜の天王寺近く。昼間の喧噪がウソのようだ。梅田とミナミに追い抜かれてしまったかつての繁華街は、終電車が行ってしまうとすぐに寂しくなってしまう。
かなり遅い時間のような気にさせられるが、たぶん2時にもなっていないだろう。道で出逢うのは、うらぶれた猫と、ホームレスのオジサンたちの見事な段ボールハウスばかりだ。

何時間飲んでいただろう。杏子が泣きながら電話をかけてきたのが8時前だったから、かれこれ5時間になる。その間どんな慰めの言葉にも、彼女は3つの言葉を繰り返すばかりだった。すなわち、
「アイツとは6年以上も付き合ったのに、なんで今さら…」と、
「あんな若い女のどこがええのん!」と
「わたしなんか、どうなってもいいねん」。
はたから見るとどこにでも転がっている失恋話と思えるだろうが、来年には30の声を聞く私たちには、あまりにも重すぎる裏切りだった。私たち… そう、私も他人ごとではない。半年ほど前は、私が泣きながら電話する番だった。

ガードレールの端まできて、バタンと杏子は飛び降りた。ワンカップは飛び降りる前に、こぼれないようガードレールの上にそっと置いていた。「あんたもたいがい酒好きやな」と私が言おうとしたその時だった。

「美味しそうなもん、飲んでるなあ」暗闇の中から声をかけてきたのは、黒い服の老女だった。いや、服が黒く見えたのは汚れがこびりついているせいで、元は別の色だったのだろう。老女と思ったのも勘違いで、もしかすると50歳にもなっていないのかも知れない。まあ、とにかく、この辺りではときどき見かけるタイプの女だ。

「おばちゃんにもちょっと分けてくれるか」「はあ、まあ、いいですよ」キョトンとした声で杏子が答えると、彼女は自分でワンカップを持ち上げ、ゴキュゴキュとすべて飲み干した。空になったグラスを杏子に返しながら、続けてこう言った。
「その顔は、おおかた失恋でもしたんやな」
「え?わかります?」 「わかるがな。うーん、たぶん人生勉強が足らんかったんやな。まあ、私くらい豊富な勉強せんでもええけどな」
「おばちゃん、自分でツッコンでどうすんの」
「ははは。よっしゃ、おばちゃんがええ経験させたろ」

ついておいでという黒い女にうながされて、私と杏子はある暗い路地へと入っていった。いったい何をするのか、全く想像がつかなかった。「よっしゃ、ここでええやろ」そういうと、おもむろにスカートの裾をたくしあげ、右手を差し出した。そこには、2本のマッチが握られていた。「1本200円や。持ってるやろ」訳が分からないまま、何故かしら私たちはサイフから2枚の硬貨を引っぱり出した。400円を受け取ると「時間がないからよう見ときや」と、今度は小さな声でささやいた。

シュッと音を立ててマッチがつく。ゆらめく光に照らし出される彼女の下半身。そこには、下穿きはつけてなかった。思春期の少年でさえ見るのをいやがりそうな彼女の秘部は、しかし意外にも青白く美しかった。私も杏子も、言葉を失っていた。

「な、ええ経験したやろ」2本のマッチが燃え尽きた後、マッチ売りのオバチャンは楽しそうに言った。「また元気を出したいなあ思ったときは、いつでも声かけてや。私はこの辺では有名人やからな、その辺で寝ているオッチャンに名前言うたら、どこにいるか教えてくれるわ」そういうと彼女は、ひとつの名前を口にした。それは、私と同じ名だった。

黒い老女が消えた暗い路地で、私と杏子はしばらく動けないでいた。
長い沈黙の後、杏子がポツリとつぶやいた。
「なんやったんやろ、今の」
「女を相手にせなアカンくらい、客少なかったんやろか」
「そうなんやろなあ…でも、」
杏子はそこで言葉を区切って、こう続けた。
「どう考えても200円は高いよな」

路地から出ると、目の前に月が登っていた。「私たち、まだまだ小さいな。がんばらんとアカンよな」何度もそうつぶやく杏子の顔は、青白い光に照らし出され、どこか晴れやかだった。すっかり酔いのさめた私たちが、大股でスタスタと歩き出すと、目の前を黒い猫が横切った。

Copyright(C)2000 Yasunobu Saitoh/さいとうわに


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友人の「わに」さんが2週間に1度書いてる「日刊!関西インターネットプレス」を楽しみにしている。
実際に会って話していても、ほわぁ〜んとしている方ですが(笑)、彼の生み出す文章もホンワリしてる。そんな大好きなわにさんが天王寺の事を書いたので、決め事?に基づき転載させてもらった。

わにさんに一言 : 我が家の周りにはそないな妖しい場所や黒いおばちゃんは・・・・・・・事実です(^_^;)


【プロフィール】 齊藤恭信/さいとう わに  
放送作家 フリーランス 1965年生まれ。“ハガキ職人”としてラジオを中心に投稿していたことから 放送制作の仕事を始める。
現在ではten6/d'Boxを拠点に、テレビはもちろん、 雑誌からインターネットまでメディアにこだわらず活動中。 過去〜現在の担当番組:「寛平のにんげんマップ」(NHK)「大顔面テレビ」 (TVO)「晴れるヤ夢街道・浪花雪乃丞一座」(YTV) などなど
現在、関西のメディア人の情報交換基地「Kansai MediArchive」を設立し、 会員を募集中。またインターネット上で活躍するタレントをプロデュースする 「iMAK」を進行中。タレントや協賛企業も募っている。
(いずれも問合せ先は: swani@kmap.net

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